2匹のゴールデンレトリバーと暮らした、おばちゃんのブログ
一頭は老衰で。もう一頭は、悪性黒色腫で虹の橋へと旅立ちました。
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今日は・・
今日は午後から父が伯母のお見舞いに行きました。
(正確には私が連れて行ったんだけど)
伯母は、父がお見舞いに行った事がとっても嬉しかったらしく、
涙を流して喜んでくれました。
父(77歳)伯母(83歳)姑(76歳)、原爆を体験した三人です。
働いて働いて、頑張ってきた人達です。
『力を出して頑張りんさいよ!』と、励ます父に頷く伯母。
三人を見ていて、私には無い力を感じました。
頑張ってきたんだなぁ〜と・・。

伯母の今日の様子は・・。
鼻から胃に入れていた管を先生が取って下さいました。
次はお風呂に入れると良いんだけどなぁ〜。
61回目の特別な日・・ 広島
   『 あの日も暑い日だった。』

何度となく聞かされた言葉だ。
今朝の広島も暑い朝だった。
61回目の特別な日、特別な朝・・。
普通の人が普通に暮らしていて、一瞬で消えた8時15分。
生き残った人たちも、苦しみと不安の中で今も暮らしている。
一発の原子爆弾が人々の人生を変え・・命を奪い去った。

8時15分
一分の黙祷・・・ セミの声と鐘の音だけが平和公園に響いた。


母が亡くなる数年前に私に話してくれた事があった。
被爆した人が数ヶ月、数年で亡くなっていく時、
必ずと言っていいほど、太股の内側に黒い斑点が出ると・・。
だから、毎晩、お風呂に入ったら一番に太股の内側を見ると・・。
あぁぁ〜 今日も無かった。安堵と明日は?と思う不安の毎日だと・・。
母から、あの8月6日の話を直接聞いた事は無かった。
でも・・母が亡くなってから後に建てられた『国立広島原爆死没者追悼平和祈念館』で、母の語り部のビデオを見る事が出来る。
原子爆弾は世界から無くさないといけない!
戦争はしちゃ駄目だ!!と、訴えている母がそこに居る。
今日、61回目の8月6日も、平和祈念式典後、母に会ってきた。
母は、必死で訴えていた。
私たち子供、そして・・孫・・そのまた子供・・みんなの幸せを願って・・。
広島平和公園内の【広島平和記念資料館】、広島を訪れる事があれば、みんな是非行って欲しい。原爆がどれ程悲惨な物なのか・・自分の目で確かめて欲しい。そして・・同じ公園内の【国立広島原爆死没者追悼平和祈念館】も、是非訪れて欲しい。自分達だけの幸せの為ではなく、自分達と・・子孫の為に!

[安らかに眠(ねむ)って下さい 過ちは繰返(くりかえ)しませぬから]

この言葉を原爆で亡くなった人々に誓ったあの日・・。
誓いを裏切る事が無い様に・・・語り継がねばならない。
今が・・平和である事を教えなければならない。
子へ・・・ 孫へ・・・。



【平和宣言 (秋葉忠利 広島市長)】
【広島平和記念資料館 WEB SITE】
【国立広島原爆死没者追悼平和祈念館】